はじめに
2021(令和3)年3月1日から、障害者の法定雇用率が上がります。
障害に関係なく、希望や能力に応じて、誰もが職業を通じた社会参加ができるよう、実現の理念の下、すべての事業主には、法定雇用率以上の割合で障害者を雇用する義務があります。民間企業においては、現行の2.2%から0.1%上昇した2.3%の法定雇用率が課されることになります。また、障害者を雇用しなければならない民間企業の事業主の範囲は従業員45.5人以上から43.5人以上に変わります。
こうした法定雇用率の変更など企業の障害者雇用への取り組みは進んできており「令和元年 障害者雇用状況の集計結果」(厚生労働省)によると、民間企業に雇用されている障害者の数は16年連続で過去最高となっています。
また昨今、「持続可能な開発目標(SDGs)」というキーワードを耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。持続可能な開発目標(SDGs)とは、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の「誰一人取り残さない」ことを誓っており、日本としても積極的に取り組んでいます。
この中にも、「年代や障害の有無にかかわらず、すべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する」という目標が含まれています。
しかし、障害者雇用、とりわけ精神障害者雇用の実情は各社で大きく異なります。精神障害者は障害者としてさまざまな雇用・福祉の対象となることが遅れたためか、企業の人事担当者の中には、「精神障害者に対する内部の理解や雇用実績が追い付いていない……」とお悩みの方も多いのではないでしょうか。
今回は、「精神障害者の雇用」について押さえておきたいポイントを解説します!
精神障害者を受け入れる障害者雇用の基本的なステップ
基本的な流れは、身体および知的障害者の雇用の流れと同様で、以下の通りです。
ステップ1:障害者雇用の理解を深める
制度の理解、事例の把握、経営者・社員の理解促進などがこちらにあたります。
ステップ2:対象者の職務の選定
配属部署や従事する職務を選定します。支援機関への相談も有効です。
ステップ3:受け入れ態勢を整える
雇用条件を検討し、採用計画を立てます。職場環境や制度に問題がないか見直します。
ステップ4:採用活動(募集~採用)
求人・採用活動を行います。必要に応じ、ハローワークや特別支援学校等とも連携します。
ステップ5:職場定着を支援する
対象者の定着に向け、必要な支援を行います。ジョブコーチ等との連携も役立ちます。
雇用後の精神障害者への合理的な配慮と、障害に関する情報の取扱いについて
精神障害のある方への合理的な配慮としてここでは3点取り上げ、障害に関する情報の取扱いの留意点についても記載しておきます。
1.通院や服薬への配慮
精神障害のある方の多くは、通院や服薬を継続しています。必要な通院ができるように通勤や就業時間に配慮するだけで、雇用や職場定着がスムーズになるケースもあります。必要に応じて、フレックスタイム制度や短時間勤務制度を取り入れると良いでしょう。
2.休憩の取得や労働時間への配慮
精神障害のある方は、長時間労働が心身の負担になったり、一定時間ごとに休憩を取得する必要がある場合も多いです。そのため、必要に応じて休憩時間を1時間に1回、10分は取得させる等、対象者の休憩や労働時間には特に注意を払い、日頃から体調の変化を見守る姿勢が重要です。
3.指示系統や職務内容への配慮
精神障害のある方の中には、複数の指示を同時に受けたり、複数の業務を並行して行うことが苦手な方もいらっしゃいます。そのため、業務の指示を出す担当者を一人に限定しておき、担当者が優先順位をつけながら指示を出すという取り組みを行っている企業もあります。また、ご本人の希望にもよりますが、ミスやトラブルが発生した場合にフォローがしやすいよう、間接部門に配属し、仕事の範囲を社内対応限定にすることも良い方法だといえます。
障害に関する情報の取扱いの留意点について
対象者に対して適切な配慮を行うためには、それぞれの職場で障害についての理解を進め、対象者の障害特性をオープンにして周囲のサポートを受けながら働くことができるような職場環境を整備しているという企業もあります。しかし、特に精神障害者の中には自分に障害があることを公にしたくないという方もいます。
障害についての情報はセンシティブな情報であり重要な情報です。合理的な配慮を行う上での必要最小限な範囲の中で障害に関する情報は取り扱うよう留意しましょう。
また、社内人材のメンタルヘルスのケアを行うことも同様に重要な事項といえます。
障害者の雇用には外部機関との連携が有効
精神障害者の雇用に限らず、障害者雇用全般を進めていくには、ハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター等、外部の支援機関との連携がポイントです。近年は公的な支援機関だけでなく、社会福祉法人や民間企業が運営する支援機関も多くなっています。
支援機関のジョブコーチ(職場適応援助者)を活用することも有意義です。ジョブコーチは、各職場に出向いて、障害者本人に業務遂行やコミュニケーション上のアドバイスを行うだけでなく、事業主や対象者の上司・同僚に対しての支援も行います。特に精神障害のある方は周囲とのコミュニケーションで躓いてしまうケースも多いため、第三者であるジョブコーチの意見は、対象者だけでなく関係者にとっても貴重なものとなります。
おわりに
いかがでしたでしょうか。精神障害に限らず、障害者雇用をスムーズに進めるためには、企業側が適切な知識をもとに障害者雇用への理解を示し、積極的な取り組み姿勢を打ち出すことが重要です。
また企業にとってSDGsへの対応が義務付けられているわけではありませんが、障害者雇用というテーマは、数あるゴールやターゲットの中でも取り組みやすいものなのではないでしょうか。できることなら、義務だからと後ろ向きの姿勢で取り組むのではなく、障害者雇用を企業における重要なダイバーシティ&インクルージョンの一つと位置づけ、対象者一人ひとりと向き合いながらお互いにとってベストな就労の形を模索していっていただきたいと思います。
【執筆者プロフィール】
寺島 有紀
寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 社会保険労務士。
一橋大学商学部 卒業。
新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。
2020年9月15日、「IPOをめざす起業のしかた・経営のポイント いちばん最初に読む本」(アニモ出版)が発売されました。
その他:
2020年7月3日に「Q&Aでわかる テレワークの労務・法務・情報セキュリティ」が発売されました。代表寺島は第1章労務パートを執筆しています。
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