はじめに
労働時間制度には通常の固定的な労働時間制度に加え、変形労働時間制やフレックスタイム制など、労働時間の柔軟な管理を可能にする労働時間制度があります。経営者や企業人事の皆様には、さまざまな制度の中でも特に「裁量労働制」に注目頂くことが多いです。
裁量労働制を導入すると、従業員の労働時間管理に「みなし労働時間」を用いることになるため、従業員の労働時間の管理を容易にでき、残業手当の支払いも抑制できるのでは、とよくご相談をいただきます。確かにそのような側面もある一方で、適法な運用には多々注意が必要です。
今回は専門型・企画型裁量労働制に関する基礎知識及び最新動向について社会保険労務士が解説します。
裁量労働制とは?
裁量労働制とは、業務の性質上その遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的に指示をすることが困難な業務に従事する者について、「実際に労働した時間に関わらず、一定の時間を労働したものとみなす」制度です。
ざっくり言えば、対象労働者が実際には所定労働日に一日10時間働いていたとしても、事前に「一日の労働時間を8時間とみなす」と労使合意していれば、対象者のその日の労働時間は8時間とみなされる制度です。逆に、3時間しか働いていなかったとしても8時間働いたとみなします。
自律的で創造的に働くことを可能にする制度ですが、その性質上時間外労働の温床になる可能性も指摘でき、企業においては適切なみなし時間の設定及び運用が必要です。
裁量労働制には、専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2つの種類があり、対象労働者はそれぞれ次のとおりです。
1. 専門業務型裁量労働制
業務の性質上、業務遂行の手段や時間配分等を大幅に労働者の裁量に委ねる業務として法令により定められた19業務に従事する労働者
例)新商品や新技術の研究開発、情報処理システムの設計、デザイナーの業務、コピーライター等
2. 企画業務型裁量労働制
本社等の中枢部門において事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査および分析の業務に従事する労働者
制度導入のための手続き
制度を導入するためには、労使協定で次の事項を定め、労働基準監督署に届け出る必要があり、労使協定については労働者に周知させなければなりません。
Ø 専門業務型裁量労働制
① 対象業務
② 業務の遂行手段、時間配分の決定等に関し具体的な指示をしないこと
③ 労働時間としてみなす時間
④ 対象となる労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉を確保するための措置の具体的内容
⑤ 対象となる労働者からの苦情の処理のため実施する措置の具体的内容
⑥ 有効期間
⑦ ④および⑤に関し労働者ごとに講じた措置の記録を協定の有効期間およびその期間満了後3年間保存すること
Ø 企画型裁量労働制
① 対象業務
② 対象労働者の範囲
③ 労働時間としてみなす時間
④ 対象労働者の健康・福祉確保の措置
⑤ 対象となる労働者からの苦情の処理のため実施する措置の具体的内容
⑥ 労働者の同意を得なければならない旨およびその手続き、不同意労働者に不利益な取扱いをしてはならない旨
企画型裁量労働制は、労使協定の締結・届出に加え、労使委員会において以下の事項を決議(4/5以上の多数決)し、労働基準監督署と届出することが必要です。また、6か月に一回の労働基準監督署への定期報告が義務付けられており、専門業務型裁量労働制よりも導入のハードルは高くなっています。
制度導入における留意点
専門業務型及び企画業務型に共通する点として、対象従業員の労働時間管理及び給与計算には従業員の実働時間ではなくみなし労働時間が使われるため、所定労働日に関しては実働時間に応じた残業代は発生しないことになります。これは従業員に大きな不利益として働く可能性をはらんでいます。制度導入にあたって、注意するポイントについては次のとおりです。
① 適切な対象業務の適用
裁量労働制は、法令で定められた業務で、かつ労使協定や労使決議で定めた業務にしか適用することはできません。2018年に厚生労働省が行った裁量労働制適用事業所における自主点検結果でも、自主点検結果における改善が必要と考えられる事項で最も多かったものが対象業務以外に業務に就かせているケースでした。また、業務の遂行の手段および時間配分の決定等についても具体的な指示をしないことが必要となります。
② 対象労働者について
本来、3年ないし5年程度の職務経験を有し、対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者以外には企画業務型裁量労働制を適用させることができませんが、その要件を満たさない労働者にも適用させているケースが多くありました。
③ みなし労働時間
裁量労働制において、労使協定等で定める対象業務に従事する労働者の労働時間として算定される時間、すなわち、みなし労働時間については「対象業務の遂行に必要とされる時間」を一日あたりの労働時間として定める必要があります。
一日以外の期間、例えば一か月の労働時間として定めることはできません。また、みなし労働時間と実際の労働時間が相当程度乖離している場合は、実態を踏まえた労働時間への改善が必要となります。
また、このみなし労働時間が法定労働時間を超える場合は時間外労働手当の支払いが必要ですし、法定休日労働・深夜労働に対しても当然それぞれの手当の支払いが必要です。(そもそもの前提として、時間外・休日労働が発生する場合は、予め36協定を締結・届け出ておく必要があります。)
裁量労働制で一日のみなし労働時間を8時間にしている場合でも、週40時間超の労働が発生した場合の時間外労働手当の支払いは避けられませんので、こちらもご注意いただきたいポイントです。
④ 健康・福祉確保措置
対象業務に従事する労働者の労働時間の状況に応じて、健康・福祉確保措置を使用者がどのように講ずるかを労使協定で明確にする必要があります。これについては対象労働者の勤務状況の把握方法を具体的に明らかにし、対象労働者 がいかなる時間帯にどの程度の時間在社し、労務を提供し得る状態にあったか等を明らかにし得る出退勤時刻又は入退室時刻の記録等による方法であることが望ましいとされていますが、 健康・福祉確保措置としては、次のようなものが考えられます。
・把握した対象労働者の勤務状況及びその健康状態に応じて、代償休日又は特別な休暇を付与すること
・把握した対象労働者の勤務状況及びその健康状態に応じて、健康診断を実施すること
・働き過ぎの防止の観点から、年次有給休暇についてまとまった日数連続して取得することを含めてその取得を促進すること等「裁量労働制なのだから、実労働時間の管理は不要なのでは?」とよくご相談を頂きますが、安全衛生法では、労働時間の状況の把握は、裁量労働制の適用者や、管理監督者に対しても行わねばならないとされていることに注意が必要です。労働者の健康確保措置を適切に実施するため、適切な実態の把握を頂きたいと考えています。
令和6年4月の改正が予定されているポイント
厚労省は、2021年に専門業務型裁量労働が長時間労働の契機になっているとの調査結果を公表しており、労働者が理解・納得した上での制度の適用と裁量の確保がなされるよう要件が追加される見込みです。
具体的には令和6年4月以降、以下のような改正が予定されています。
①専門業務型
・本人同意を得ることや、同意をしなかった場合に不利益取扱いをしないことを協定事項に追加することとする。
②企画業務型
・対象労働者に適用される賃金・評価制度を変更する場合に、使用者が労使委員会に変更内容について説明を行うことを決議事項に追加することとする。
・使用者が労使委員会に対象労働者に適用される賃金・評価制度の内容について説明することに関する事項を労使委員会の運営規程に定めることとする。
・労使委員会が制度の実施状況の把握及び運用の改善等を行うことに関する事項を労使委員会の運営規程に定めることとする。
・労使委員会の開催頻度を6か月以内ごとに1回とすることを労使委員会の運営規程に定めることとするとともに、労働者側委員の選出手続の適正化を図ること等とする。
・6か月以内ごとに行うこととされている企画型の定期報告の頻度を初回は6か月以内に1回及びその後1年以内ごとに1回とすることとする。
③専門業務型・企画業務型の双方について
・同意の撤回の手続を協定事項及び決議事項に追加することとする。
・健康・福祉確保措置の実施状況等に関する書類を労働者ごとに作成し、保存することとする。
特に、専門型裁量労働制の適用に本人同意が必要となることは、多くの企業様にご確認頂きたく考えます。既存協定内容の変更も必要になる見込みです。
終わりに
以上、裁量労働制に関する基礎事項や改正の方向性等を解説してきましたが、裁量労働制の
導入や管理は意外と大変、と思われた方もいるかもしれません。上述の通り、裁量労働制は企業にとって薔薇色の制度という訳では決してありません。
もちろん裁量労働制を正しく理解し、適切に運用することで企業全体の生産性の向上や従業員のワークライフバランスも実現するということが可能になると考えられますが、一方で誤った認識のまま裁量労働制を導入してしまうと思わぬ労使トラブルや残業代未払いに発展する可能性があります。法改正の内容も確実に追っていく必要があります。
裁量労働制を導入を検討されている企業様には、専門家のアドバイスを受け、慎重にメリットとデメリットを比較の上ご導入いただくことをおすすめします!
【執筆者プロフィール】
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