1. はじめに
昨今、芸能人の自死にまつわる悲しいニュースや報道を目にすることが多くなりました。長引くコロナ禍で、一般の方でも貧困や孤独のうちに自死のリスクを抱える方も増加しているといわれています。芸能人の自死を引き金にした、報道直後の自死数の増加も指摘されています。
ウィズコロナ・ポストコロナ時代の新しい働き方として定着したテレワークについても、仕事と家庭の両立、柔軟な働き方といったメリットが多くある一方で、懸念点もあります。
主に、上司や同僚とコミュニケーションがとりづらい、部下の心身の不調に上司が気付きづらいといった点が多く指摘されており、これらは労働者のメンタルヘルスと直結する課題です。テレワークが普及した今、テレワーク下でのメンタルヘルス対策の重要性が再認識されています。
こうした状況をふまえ厚生労働省は、「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」や「テレワークにおけるメンタルヘルス対策の手引き」の中で、テレワーク特有の労働者のメンタルヘルス対策の留意点を示しています。
今回は「テレワークにおけるメンタルヘルス対策の手引き」のポイントを解説していきます!
2. テレワークにおけるメンタルヘルス対策の留意点
◆労働安全衛生の確保義務
自宅等でテレワークする場合においても、事業主は労働安全衛生関係法令に基づき、従業員の従業員の安全と健康確保の措置を講ずることが義務付けられています。「健康診断やストレスチェックなどの法定事項を、テレワーク従業員に対してももれなく行うこと」はもとより、「自宅や遠隔地でテレワークを行う従業員が近隣の医療機関で健康診断を受診できるような配慮」や、「医師による面接指導をオンラインで行う場合の情報提供、情報通信機器を使用した円滑な実施」が求められます。
また、入社後テレワークを行わせる予定がある場合は、雇い入れ時の安全衛生教育にテレワークに関する事項を含めることも必須とされています。
明るさや湿度といった作業環境や、PCやその周辺機器など効率的な作業が行える環境が整っているか等も、テレワーク下ではストレス要因となります。事業主は、従業員の自宅が適切な作業環境になっているかを対象者本人に確認してもらい、不十分な環境である場合は労使双方で話し合って改善する等の対応が必要です。
◆適切な労働時間管理とハラスメント対策
テレワーク下では、労働者本人とその上司・同僚等の間に物理的な隔たりができ、お互いの働き方が直接目で見えなくなるため、役割分担や業務量の偏りが生じることもあります。また労務管理が難しくなるため、結果として長時間労働に気づきにくいといった問題もあります。
ただし、テレワークといえども労働時間管理は非常に重要です。例えば、業務にトイレに行くため離席し、業務に戻る際に転倒した・・・といった場合も、「業務遂行性」と「業務起因性」の両方を満たしていれば業務災害として労災保険給付の対象となる場合があります。テレワークの場合は、労働者の私的な空間で起きるということや、発生時に他に目撃者がいないことが多いことなどから、業務との因果関係の立証が難しくなるという論点はありつつも、この判断は「事故の発生時が所定労働時間内であったかどうか」、「情報通信機器の使用は正しくなされていたか」など客観的な記録に基づきなされることになります。
また、事業主は労働者に対する労働時間管理と同様に、ハラスメント対策に対しても特に注意を配る必要があります。
いつでも連絡ができるからといって業務時間外にメールや電話の対応を求めたり、作業状況を過度に監視したりすることは不適切ですし、コミュニケーションによってはハラスメントともみなされる可能性があるので注意が必要です。
◆労働者間コミュニケーション不足による孤立感の予防
健康相談窓口の設置やオンラインやチャットを利用した相談体制の整備、定期的なオンライン面談など上司と労働者とのコミュニケーションの活性化を図る措置が望ましいとされています。
また、メンタルヘルスケアの研修や情報提供は、従業員だけでなく部下とのコミュニケーションに悩む管理監督者のサポートとしても有効とされています。
メンタルヘルス対策を含めて事業者が労働者に対して快適な労働環境を確保できているか、また労働者自身が適切な作業環境下での作業ができているか等、確認チェックリストが厚生労働省から提供されていますので、こちらもぜひご利用いただきたいと考えます。
テレワークを行う労働者の安全衛生を確保するためのチェックリスト(事業者用)
https://www.mhlw.go.jp/content/000755113.pdf
自宅等においてテレワークを行う際の作業環境を確認するためのチェックリスト(労働者用)
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/karoushizero/pdf/checklist.pdf
3. まとめ
テレワーク下においても、メンタルヘルス対策の基本である一次~三次予防(①未然の防止、②早期発見と適切な措置、➂メンタル不調による休業者の職場復帰支援)と4つのケア(①セルフケア、②ラインによるケア、➂産業医などの事業場内産業保健スタッフによるケア、④事業場外資源によるケア)の重要性は変わりません。テレワーク下においてこそ、ストレスチェックによる労働者自身の気づきやセルフケアがより重要になります。
また、定期的なアンケートによる個人の職場環境の把握、オンライン面談といったラインによるケアも効果的です。
そのほか、相談窓口の設置やメンタルヘルスに関する研修の実施、情報提供なども事業主が積極的に行うことでより効果が高まります。従来のような対面・電話相談に加え、チャットやオンラインによる面談が可能になり、従来よりも気軽に相談ができる環境になったともいえます。
4.おわりに
新型コロナウイルスの第6波がようやく落ち着きつつある今、業務上の必要性に応じ従来型の出社体制に戻す企業や、従業員の出社制限をなくした企業等も見受けられますが、テレワークは働き方として広く定着してきていると考えます。
テレワークによって顕在化した新たな課題もある一方で、「物理的な距離を超えて、人と人がオンラインでのつながりを確保できる」という事実がコロナ禍での事業存続を支えた、対面がかなわない中でのコミュニケーション促進につながったともいわれています。
テレワークを推進する事業主の皆様には、生産性や効率性のアップや労働者の快適な職場環境の維持のため、従来以上に労働者のメンタルヘルス対策を取り入れていくことをお勧めします!
寺島 有紀 寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 社会保険労務士。
一橋大学商学部 卒業。 新卒で楽天株式会社に入社後、 社内規程策定、 国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に動務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
現在は、 社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、 国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。
2020年9月15日、「I POをめざす起菜のしかた・経営のボイント いちばん最初に読む本」 (アニモ出版) が発売されました。
その他:
2020年7月3日に「Q&Aでわかる テレワークの労務・法務・情報セキュリティ」が発売されました。代表寺島は第1章労務パートを執筆しています。 https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4297114488/gihyoip-22
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