1. はじめに
労働者を雇う企業にとって、「労働基準監督署(通称、労基署)」との関係は切っても切り離せません。
労働基準監督署とは、労働基準法等に関する各種届出の受付や、相談対応、監督指導を行う厚生労働省の一機関のことです。
最近では長時間労働の問題や、違法な時間外労働問題がマスコミで取り上げられ、「労働基準監督署の調査で発覚、書類送検」というようなニュースを耳にすることもあるのではないでしょうか。
一般に、労働基準監督署というと、「なんだかよくわからないけれど労働者が会社について訴える機関」「会社にいきなり調査が来るらしい」といったような認識はされているものの、その実態についてはあまり知られていないように思います。
今回はこの労働基準監督署の調査について解説していきたいと思います。
2. 労働基準監督署の調査(臨検)とは
労働基準監督署では、企業が労働基準法や安全衛生法等の法律に則った運営がなされているかを確認するため、企業への調査を行っており、この調査は「臨検監督(通称、臨検)」と呼ばれています。
この臨検には、「定期監督」「申告監督」「災害時監督」という3種類があります。
労働基準監督署の臨検には法令で権限が付与されていることから、いずれの種類の臨検においても、調査を拒否することは原則できません。
①定期監督
労基署が毎年度計画した基準に基づき対象となる事業所を選択、実施して行われます。
どのような基準で調査対象となる企業を選定するかは厚生労働省から毎年4月に公開される「地方労働行政運営方針」でも明示されています。例えば、平成30年度では、「働き方改革を推進し、事業場における法定労働条件の確保・改善を図っていくため、(中略)長時間労働の抑制及び過重労働による 健康障害の防止を重点とした監督指導を行う。」
などと述べられています。
②申告監督
労働者から労働基準監督署へ申告があり、申告事項が実際に行われているかどうか確認のために行われます。
③災害時監督
大きな労働災害が発生した時に行われ、労災の原因を究明し再発防止が目的とした監督です。
またこれ以外でも臨検後の是正指導がしっかり行われているか確認のための再監督というものもあります。
次にもしもの時も万全に対応することができるようにするために、臨検の大まかな流れを見ていきましょう。
<臨検の流れ>
1. 企業への訪問
臨検は予告なしで行うことが可能とされているため、いきなり労基署の監督官が企業にやってくるという事もあり得ます。
しかし多くの場合、いきなり企業のインターフォンを鳴らしてやってくるというよりは、電話や書面が送られてくる等で臨検が行われる旨が事前通知されることが多くなっています。
というのも、臨検にあたっては出勤簿や賃金台帳といった法定帳簿の用意が必要であり、事前に臨検の通知とともに「これらの書類を用意するように」といったことを通知しておくほうがスムーズな臨検が可能という、役所側の事情も手伝って、「いきなりインターフォンを鳴らして来た」ということは少ないように思います。
なお、一般的な臨検で提出が必要とされる書類は下記のようなものが多くなっています。
・会社組織図
・労働者名簿
・雇用契約書
・賃金台帳
・タイムカード
・時間外・休日労働に関する協定(36協定)
・健康診断個人票 等。
2. 臨検当日・是正勧告
臨検当日は、ヒアリングや法定帳簿の確認等が行われ、各種法令に違反していないかが労働基準監督署によって調査がなされます。
当然ですが、法定帳簿を偽装したりすることは労働基準法によって罰せられますので、ありのままのものを提示することになります。
真摯に対応することが求められます。
そして調査の結果、法違反や改善すべき事項があった場合は、文書指導が行われます。
文書指導には大きく分けて①是正勧告と②改善指導があります。
①是正勧告
「是正勧告」は明確な法違反が見つかった時に行われるもので、事業主宛てに「是正勧告書」が発行されます。
是正勧告書は法違反した条項とその詳細、是正期日が明記されていますので、是正期日までに法違反内容を改善し、「是正報告書」を労働基準監督署へ提出しなければなりません。
②改善指導
「改善指導」は法違反ではないが改善するべき事項がある場合に対し行われます。
是正勧告では是正勧告書でしたが、ここでは「指導票」というものを受け取ることになります。
指導票も是正勧告書と同じく改善すべき事項と改善期日が明記されているので、「改善報告書」を作成し労働基準監督署へ提出しなければなりません。
是正勧告も改善指導についても是正期日は明記されていますが、どうしてもその是正期日に間に合わないといった場合には事情を監督官に説明し是正期限などを延長してもらうといった対応もないわけではありませんので、顧問社労士などと相談し、適切な事後対応を行う必要があります。
3. 臨検後
臨検後、是正・改善が確認された場合は臨検の指導は終了となりますが、未払い賃金等の大きな違反の場合、改善に数か月以上がかかるということもあります。
また是正が確認されない場合や再度の臨検の実施で重大・悪質な事案が残っていた場合は最悪の場合送検されてしまいますので、指導には真摯に向き合うことが必要となります。
3. 臨検での指導事項とは?
では、臨検ではどのような法違反が指摘されることが多いのでしょうか。
臨検で指摘される法違反で多いものの2大トップとしては、
時間外・休日労働に関する協定(36協定)を締結していない、または協定で定めた以上の時間外労働をさせている
② 割増賃金等の未払い
があります。
時間外労働・休日労働を行わせる場合には、事業場の所在地を管轄する労働基準監督書に36協定を届け出る必要があります。それだけではなく、時間外労働・休日労働を行わせた場合は割増賃金を支払う必要もあります。
また、実務上よくあるのが最初は36協定を締結・届出をしていたが、更新・届出を忘れているというケースがあります。
36協定については一度結んだら終わりというようなものではなく通常1年の有効期限中のみ効力があるものですので、人事労務担当者は有効期限の管理に注意し、更新手続きを忘れないようにしましょう。
また、これ以外にも労働条件の明示を行っていない、就業規則を策定していない、定期健康診断を行っていないといった違反もよくみられます。
労働者を雇用した場合には、契約期間や就業の場所、賃金に関する事項等の労働条件の明示が労働基準法上の義務ですが、この明示を行っていないというケースもよく見られます。
4. おわりに
いかがでしたでしょうか。臨検は法律に則った就業規則や職場環境に徹していれば、咎められることは何もありません。
社会保険労務士などの専門家に相談をしながら、法違反のない労務管理を目指していきましょう。
【執筆者プロフィール】
寺島 有紀
寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 社会保険労務士。
一橋大学商学部 卒業。
新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。
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