1.はじめに
平成29年5月26日、「民法の一部が改正される法律」が成立し、2020年4月1日から施行されることになりました。
民法というと、物やサービスの売買、雇用、住居の賃貸借、贈与に加え、婚姻や離婚,相続など私たちの日常生活に極めて密接に関係する契約についてのルールを定めている身近な法律です。
今回この民法が120年ぶりに改正されることにあたり、いったい企業の人事労務分野にどのような影響を与えるのかについて、社会保険労務士の目線で解説していきたいと思います。
2.従業員の身元保証に関しての取扱いが変わります!
本改正によって、「従業員の身元保証」について大きく変わることになります。
企業の人事労務担当者にとってはなじみある存在かもしれませんが、企業において従業員から取得する身元保証書は、一般に「従業員が会社に損害を与えた場合に本人と連帯してその賠償を身元保証人に行わせる契約書」のことを指します。
企業で働いている方であれば自社の就業規則を見たことがある方もいらっしゃると思いますが、就業規則の中でも身元保証について下記のような条文で記載をしている企業も多くなっています。
(身元保証)
第●条 身元保証人は独立の生計を営む成年者で、原則として父母兄弟またはそれに準ずる者1人とする。
(2)身元保証の期間は5年とし、期間満了の際には新たに身元保証人を定める等期間更新の手続きを行う場合がある。
平時の時には身元保証書を意識することはないかもしれませんが、従業員が会社に損害を与えたといった場合に、身元保証人へ損害請求を行うといったケースが生じてきます。
では、具体的にこの身元保証の運用がどう変わるのでしょうか。
3.2020年4月より、保証の上限額の記載が必要となります!
これまで企業が従業員から身元保証書を取得する際に、身元保証書には単に「何か企業に損害を与えるような事案があれば、身元保証人が保証します」といったざっくりとした記載をしている企業が多かったかと思います。
これが、民法改正によって、補償額の上限額を決めない限り、身元保証契約の効力が生じないものとされたのです。
これまでなんとなく、万が一の時に備え身元保証書を取得していたという企業も多いと思いますが、これからは「補償額の上限は●●万円までとする」といった記載が必要となるということになるのです。
(※2020年4月前に締結された身元保証契約については、上限額が記載されていなくても効力には問題がないとされており、2020年4月以降に採用する労働者については保証の上限額が必要になります。)
「それにしてもいったい補償額はいくらに設定するべきなのか?」という疑問も出てくることかと思います。
4.補償額の上限はいくらにするのが適当なのか?
実際の損害請求の場合、従業員の監督についての会社の過失の有無、身元保証人が身元保証をするに至った経緯、労働者の任務の変化等の事情を総合的に考慮して賠償金額が決定されることになっており、身元保証人への請求においては、実際に被った損害額よりもかなり軽減される場合が多くなっています。
ある判例では、会社の売上金の900万円余りを着服横領した経理担当者の行為について、
① 会社の、社員に対する管理体制に不備があったこと
② 会社が身元保証を重視しておらず、身元保証人らにもその重要性と責任につき説明と了解を得ていなかったこと
等の事情から、2割の180万円のみしか賠償額として認められなかったというケースがあります。
また他の判例でも、歩合外務員の社員が会社の業務命令に違反して株の買い付け注文を受け、会社側が1億5000万円程度の損害を被ったため、社員とその身元保証人に対し損害賠償を求めたものでは、
①会社にも業務命令の徹底や部門のチェック体制に不備があり、損害を被ったことには会社には3割の過失があったとこと
②身元保証人の信用力・財力等の調査がずさんであり、身元保証人に十分な説明をしなかったこと
以上から、損害賠償責任の4割しか賠償額として認められなかったというケースもあります。
企業規模にもよるところですが、このように数割が減額されてしまうことが多いことや、あまりに高額な設定の場合身元保証人のなり手がいなくなってしまうことも予測されることも含め、300万円~1,000万円程度の設定が人事実務上の現実的なラインではなのではないかかと考えています。
5.終わりに
いかがでしたでしょうか。今回の民法改正が人事労務分野にもたらす影響として身元保証についてみてきました。
従業員の身元保証制度を入れている企業の場合、従来の身元保証書の変更も必要ですし、そもそも身元保証書の取得を継続するのかという観点でも運用を見直す必要があるかもしれません。
これまでなんとなく身元保証を導入していたという場合には、これを機に運用を見直してみてはいかがでしょうか。
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