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執筆者の写真Gustavo Dore

脳・心臓疾患の労災認定の基準が約20年ぶりに見直されます!現行基準のおさらいと見直しの方向性をいち早く確認!

1.はじめに

2021年6月、厚生労働省より「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(案)」が報告されました。脳・心臓疾患の労災認定の基準が20年ぶりに見直される方針です。

本来は、脳梗塞などの「脳血管疾患」、心筋梗塞などの「心疾患」は、主に加齢や食生活、生活環境の日常生活による諸要因や遺伝などにより徐々に具合が悪くなり、発症するものです。しかし、仕事が原因で発症してしまう場合もあります。

厚生労働省では、労働者に発症した脳・心臓疾患を労災として認定する際の基準として「脳血管疾患および虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」を定めています。この基準により「業務による明らかな過重負荷を受けたことが明らか」だとされた場合は労災認定がなされるわけです。

前回改正は2001年であり、改正から約20年が経過する中で、人々の働き方や職場環境は大きく変化してきました。そこで厚生労働省は今回20年ぶりに基準を見直し、より労働者にとって労災認定がなされやすい環境を整えていく方針です。

今回はこの労災認定基準の見直しの方針についていち早く解説していきます!

2.現行の「労災認定基準」の内容

まずは現行の内容を解説します。労災認定についての要件は大きく3つあります。

認定要件1:異常な出来事

発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的および場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと

たとえば電車の運転手が業務中に人身事故を目撃した、救急隊員が大規模災害の救助に携わった、業務中高温室と冷凍室を行き来したなど、こういった精神的・身体的負荷がこの要件にあたります。ただ評価期間が発症直前から前日までと狭い範囲で設定されています。

認定要件2:短期間の加重業務

発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したこと

「特に過重な業務」とかなり広い範囲で定義されているため、具体的な負荷要因(業務量、内容、作業環境など)を考慮し、同僚等にとってもそれが過重だといえるかというようなことも確認され、客観的かつ総合的に判断されます。評価期間は発症前おおむね1週間です。

認定要件3:長期間の過重業務

発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと

恒常的な長時間労働は、疲労の蓄積を生じさせ、これらが加齢などの自然現象を超えて血管等の具合を悪くし、脳・心臓疾患を引き起こすとされています。そのため、発症前の就労状況を確認し、発症時の疲労の蓄積がどの程度であったか?という観点から労災認定がされます。評価期間は発症前おおむね6か月間です。

上記を見ていただけるとわかる通り、一般的に労災認定基準として浸透しているのは「認定要件3」の、労働時間に関する基準です。労働時間が長ければ長いほど業務の過重性が増すとされており、具体的には発症日を起点とした1か月単位の連続した期間を見て「発症前1か月間に100時間、または2~6か月平均で月80時間を超える時間外労働は、発症との関連性は強い」とされています。

3.現行基準の課題

現行労災認定基準のうち、もっとも使われている基準である「認定要件3」は労働時間という客観的な数字を基準としており、少しでも基準に満たないものは労災でないと扱われてしまいます。そのため「どう考えてもこれは労災だろう・・・」というケースが惜しくも認められない、といったことも残念ながら少なからず発生してしまいます。

また現在はIT機器の発達も進み、労働者がいつでも仕事を始められる、終業後も仕事に戻れる環境です。たとえば会社側はPCのログイン・ログアウトで労働時間を管理しているつもりでも、後々労働者が「PCをログアウトした後、会社貸与のスマートフォンで業務対応をした」ことがわかれば、その対応時間は労働時間に算入すべきであり、会社が把握した労働時間は修正が必要です。

テレワークの普及率も高まっています。テレワークの場合、とりわけ在宅勤務の場合には、通常従業員が生活を行っている空間で業務が行われることから、プライベートとの境界があいまいになることは否めません。一人で業務を行っていることもあり、業務との因果関係の立証が難しくなります。

また、テレワーク中の時間管理のルールも客観的な労働時間管理を難しくしています。厚生労働省より今年3月に発表された「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」では、テレワーク中の労働時間の把握は、従来通りの客観的な記録による労働時間の把握に加えて労働者の自己申告による労働時間の把握もOKとされています。

労働者の自己申告による労働時間の把握もOKとされたことで、テレワークが進むと労働時間の客観的な証明が今まで以上に難しくなり、労働時間を主な基準とした労災認定は今まで以上に難しくなることが予想されます。

4.改正後は、労働時間の不規則性や心理的負荷も加味される!

前述の報告書案によると、今後は、「時間外労働だけでなく、不規則勤務や連続勤務の発生や心理的負荷などを考慮して、より労災認定がなされやすくなる」といった方向で見直しがなされる方針です。

上記で見てきたとおり、労災認定のメインの基準とされているのは「認定要件3」の労働時間に関する「過労死ライン」でした。具体的には「発症前1か月間に100時間、または2~6か月平均で月80時間を超える時間外労働」が、過労死ラインとされていますが、残業時間が過労死ラインに達しない場合でも、労働時間の不規則性や心理的負荷などを含めて総合的に労災にあたるかが判断されるようになります。

たとえば労働時間の不規則性に関しては、以下のような要素が労災認定の際に加味されるようになります。

・拘束時間の長い勤務

・休日のない連続勤務

・仕事の終了から次の開始までの「勤務間インターバル」が短い場合(概ね11時間未満など)

・不規則な勤務・交代制勤務・深夜勤務

心理的負荷については、 ノルマの有無や、パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントが心理的負荷の用途として明確にされています。多くの研究において、仕事の要求度が高く、コントロール性が低く、周囲からの支援が少ないなど、心理的負荷の高い業務は脳・心臓疾患のリスクをあげるとされており、これは労働者側にとって非常に有意な変更となると考えています。

結論として、「過労死ラインには満たないが、それに近い水準の残業をしていて、労働時間以外の負荷が認められる」場合は、業務と病気の発症との関連性が強いと評価できると判断されるわけです。今後は現行基準より認定基準が緩和されるといえ、今後より労災認定件数が増えていくことが考えられます。

5.会社側の留意点

上記でお伝えしてきた「今後労災認定において残業時間以外の要素も重視される」「基準緩和により労働者からの労災申請件数も増えると考えられる」という2点については、今後企業の人事担当の皆様に留意いただきたいポイントです。認定がなされやすくなることにより申請件数も増え、今後はどの企業においても今まで以上に「労災」というものが身近になってくると予想されます。

仕事のストレスや過重労働をきっかけに精神障害を発症し、労災認定される件数は例年右肩あがりであり、2020年度が過去最多となりました。理由のトップはパワーハラスメントです。 パワハラなどで一件でも労災認定がなされてしまうと、その企業へのマイナスイメージはその後も大きくつきまといます。

企業においてはパワハラの防止対策を実施することが、労働者の安全を守ること、さらに企業のリスク低減にも直結することをご確認頂きたいと考えています。

6.おわりに

改正後は今まで見過ごされてきた要素も加味されることで、より労災認定がされやすくなることは労働者側にとって有意義であるとはいえますが、本来過労死というものはあってはならないものです。そのため事後対策ではなく何よりも未然防止に力を注ぐべきだと考えます。

まずはこういった基準の見直しの背景や目的を敏感にとらえ、職場にいる全員が明るく健康的に働けるよう、労使協力のもと、労働環境の見直しや快適な職場環境の形成をおこなっていただきたいです。

ノー残業デーなどによる長時間残業の抑止、労働環境の見直し、定期健康診断受診の徹底など、小さいことと侮らず、一人ひとりができることから着手していきましょう!

【執筆者プロフィール】

寺島 有紀

寺島戦略社会保険労務士事務所 所長 社会保険労務士。

一橋大学商学部 卒業。

新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。

現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。

2020年9月15日、「IPOをめざす起業のしかた・経営のポイント いちばん最初に読む本」(アニモ出版)が発売されました。


その他:

2020年7月3日に「Q&Aでわかる テレワークの労務・法務・情報セキュリティ」が発売されました。代表寺島は第1章労務パートを執筆しています。


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